2020年04月28日

華僑に学ぶ、儲けの哲学。

華僑の商法の極意とは、「事において果断」。すなわち、“即、実行”を意味する。日頃から、あらゆる想定のもとに対策を練っておき、“いざ!”という時に、慌てず、騒がず、事を進めろ、ということ。

大企業では、簡単に事が進まないことでも、血縁で経営陣を固めている華僑なら、小廻りがきく上、リーダーが絶大な力を持っているので、決断も早い。

商機は、一度逃すと二度と巡っては来ない。その時、その時にしっかりと掴まなくては、商売は成功しないのである。

そして華僑は、子どもや孫に海外の最高の教育を受けさせ、知識を身につけさせる一方、その国の人びとと交友関係を築かせ、その人脈を活用して、商売を拡げていく。

華僑の金儲け哲学は、商売を学んでいる人にとっては、非常に参考になる。

その教えを紹介しよう。教えの言葉のみを記載しているので、言葉に込められた真意を読み取って欲しい。

■ハンディを逆手に取れ。

■資本が無ければ、身体を使え。

■千手先を読め。

■ゲテモノに尻込みするな。

■ケチも王道を行け。

■脇道で頂上を極めろ。

■商品よりも、まず自分を売り込め。

■ごちそうには、ごちそうで返せ。

■信用こそ最高の財産と知れ。

■時には、無視されても笑え。

■銀行よりも友人を大切にしろ。

■会を作ったら、全員会長にしろ。

■男は、積極的に台所に入れ。

■言葉は、銭と知れ。

■明日の天気を問うな。

■金を不浄と思うな。

■目先の利より、信を取れ。

■店が無ければ、「売り場」を持て。

■小綺麗な仕事から始めようと思うな。

■スロースターターで始めろ。

■「暮らせる」は「儲かっている」と思え。

■抜け目なく情報を先取りせよ。

■仲間の不始末に眼をつぶるな。

■過去の過ちは、大いに許せ。

■「絶交」する時は、ニコニコ笑ってやれ。

■「神」に誓うより、「人」に誓え。

■「口うるさい」嫁を貰え。

■どんな食べ物にも挑戦せよ。

■どこにでも上昇の道ありと知れ。

■辞めていく人にも、気を配れ。

■客は殿様と心得よ。

■「売れるもの」でも、時には「売るな」。

■時には、儲けなしでも売れ。

■値上げは客に相談しろ。

■改築中も店を休むな。

■商売に不向きな店舗は無いと知れ。

■負け戦の中で教訓をつかめ。

■はんこは、両手で押せ。

■通訳を通して商談するな。

■交通費でも死に金にするな。

■政治談義は金にならぬと知れ。

■冠婚葬祭の金は惜しむな。

■「女房は家長」と心得よ。

■腹が出て来たら、初心を思い出せ。

■原価で売っても儲かる方法を考えよ。

■根こそぎに儲けようと思うな。

■まず相手の儲けを明示せよ。

■満腹するまで、同じ商売をするな。

■貸した金は、やったと思え。

■敵の逃げ道を残しておけ。

■特定の人間と癒着するな。

■とにかく土地に執着せよ。

■医者と弁護士には、金を惜しむな。

■「子連れも当然」で働け。

■歳を取って死ぬのは、めでたいと思え。

posted by 佐藤きよあき at 14:27| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月21日

リニア新幹線が出張の楽しみを奪う!?

私が会社勤めをしていた頃、東京・大阪間を出張で頻繁に往復していた。当時で、片道3時間半の新幹線の旅。

朝早い時は、駅のホームで駅弁とお茶を買って乗り込み、ちょっとした旅行気分を楽しんでいた。3時間半の旅は、結構ゆったりとできる。

駅弁をゆっくりと味わい、しばし車窓の景色を眺めた後、文庫本などを取り出し、日頃はあまり読めない小説やエッセイをじっくり堪能する。3時間半は、少し居眠りをする時間さえ残してくれていた。

私は、移動中に仕事をしない主義なので、まったくの旅行となっていた。日帰りが多かったので、帰りは夜になるのだが、そこにも楽しみは残されていた。

駅弁と缶ビールである。疲れた身体に、「プシューッ!」は心地良い。やたらと旨い。これがあるから、出張も苦にはならなかった。

数多くの中から選んだ駅弁を、心の声で批評しながら、ビール片手に口へ運んでいく。実に楽しい。“至福の刻”とは、こういうことを言うのだろう。

私が新幹線で思い出すのは、この3時間半の旅である。

リニア中央新幹線ができると、東京(品川)・名古屋間が40分で行き来できるという。大阪まで延伸すれば、東京・大阪間は67分になるらしい。驚異的な速さである。

たった1時間では、旅行気分にはなれない。駅弁は食べられても、私が本を読むスピードでは、1冊の本は読み切れない。居眠りもできない。

1時間で着いてしまうので、朝早く家を出る必要がなくなるので、駅弁を買うこともなくなる。帰りが夜になっても、ゆっくりと駅弁とビールを楽しむ時間もなく、到着してしまう。

夜遅い電車に乗ると、到着が夜中になってしまうので、今日はホテルへ泊まろう。ということもなくなるので、飲み屋めぐりもグルメ探訪もできない。

これでは、まったく楽しくない。出張の楽しみがなくなるではないか。リニア新幹線ができると、出張を“旅”として楽しむことはできなくなる。単なる“移動”となってしまう。

スピードアップのメリットもあるだろうが、何だか味気ないと思うのは、感傷的過ぎるのだろうか。

「便利になる」。ただそれだけを追求して良いものか。「現状」を維持するのは、イケないことなのか。進歩するばかりが、日本のためになることとは思えないのだが……。

posted by 佐藤きよあき at 14:21| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月14日

大阪西成の「ドヤ街」が、『中華街』に生まれ変わる!?

大阪市西成区に、通称「あいりん地区」と呼ばれる「ドヤ街」がある。日雇い労働者やホームレスが、全国から集まって来る地域である。

長年に渡って「ドヤ街」のレッテルを貼られていたが、当時の大阪市長であった橋下徹氏の“西成特区構想”をキッカケに、平穏な街へと生まれ変わろうとしている。

まだまだ発展途上ではあるが、いま大きなうねりが起き始めている。チャイナマネーの介入である。中国人経営者たちが集まり、「チャイナタウン構想」を打ち立てたのである。

なぜ、彼らがこの地域に目をつけたのか。第一には、土地が安いこと。「ドヤ街」であったことでイメージが悪く、土地を格安で手に入れることができる。

さらに、大阪万博の開催やIRの誘致計画がある場所に近いことから、宿泊客を引き込むことができると見ている。特区構想以降、“民泊”が増え、すでに外国人観光客の宿泊が増えている。

今後も町中で“民泊”の建設は進む。一戸建ての空家もリフォームして活用されている。

また、中国人経営者による「カラオケ居酒屋」が、乱立し始めている。セット料金(チャージ)がなく、カラオケも1曲100円と安いため、日本人の客が大勢集まっている。

安くしなければ客の集まらない地域であることを知った上での中国人流の経営である。まず人を集めることができれば、他のビジネスもやりやすくなる。

さらに、この地の商店街はいわゆる“シャッター通り”となっているが、ここもまた、チャイナマネーが再生計画を立てている。中国人経営者による、中国人相手の店を作ろうとしている。

いまはほとんど空き店舗となっているが、やがて「中華商店街」となるだろう。現在、商店街で生き残っている日本人経営者には不安もある。

“中華一色”になってしまうこと。活性化することは良いが、ごく普通の日本の店では売れなくなる可能性があるからである。

もし中華街になれば、その不安は的中するだろう。だが、中国人が介入しているいま、時すでに遅しである。街は急速に変貌していくだろうが、これを批判することはできない。

「ドヤ街」が生まれ変わるのである。明るく活気ある街となるかもしれない。横浜・神戸のような観光地となる可能性は高い。

チャイナマネー、恐るべし。されど、期待する。

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2020年04月07日

金で“地位”が買える、「戒名」の不思議。

人が亡くなると、仏の弟子となり、新たな名前を授けられる。それが「戒名」。そう思われているのだが、本来は違う。

生前に仏門に入り、戒律を守り、仏道修行を行うと誓った出家者にだけ授けられる名前が「戒名」である。いつの頃からか、故人専用の名前として、つけられるようになった。

「戒名」には、なぜか“位(くらい)”が存在する。仏の世界では、生前の身分の上下や精進・報恩の多少に関係なく、すべての人が平等である、と説いている。なのに、“位”が存在するのはなぜか。

仏教界曰く、「生前、菩提寺との関係が深く、大きく貢献した者には高い位がつけられる」。つまり、信仰心が強く、仏を敬い、尽くしてきた者は、亡くなってから高い地位につくことができる、ということか。それなら、納得もできる。

だが、それは大昔の話。いまは、「お布施」という名の戒名料があり、しかも相場が決まっている。それだけではなく、つける“位”によって価格は上がる。

【信士(しんし)・信女(しんにょ)】:30〜50万円。

【居士(こじ)・大姉(だいし)/院信士(いんしんし)・院信女(いんしんにょ)】:50〜80万円。

【院居士(いんこじ)・院大姉(いんだいし)】:100万円〜。

“位”は僧侶が選ぶのではなく、生前の本人や親族によって選ばれ、高い金を出せば、高い“位”が買えるのである。例え悪どい商売で儲けた金であっても、仏教界は高い“位”を用意してくれる。まさに、「地獄の沙汰も金次第」。こんなことは、許されるべきではない。

仏の世界の平等は、“戒名ビジネス”によって、いとも簡単に崩壊したのである。そんな不透明な世界に疑問を持つ僧侶も現れ始めている。

お布施があまりにも高額なことに異を唱え、安く授ける“サービス”を始めた僧侶もいる。曖昧な金額のお布施を定額制にした葬儀社もある。多くの関係者が、新しい道を切り拓こうとしている。

それでもまだ、戒名には“位”が残っている。この根本を改めなければ、仏教そのものが廃れてしまうのではないか。

posted by 佐藤きよあき at 08:59| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月31日

食べ物の味は、パッケージで変わる! 価格で変わる!

スーパーの棚に並んでいる、食料品の数々。メーカーが全力で開発しているので、“それなり”に美味しいものばかり。“それなり”というのは、価格とのバランスがあるので、仕方のないこと。

この美味しい食料品たちは、だいたい数十円〜数百円の範囲で売られている。消費者は、味と価格に納得して、好みに合うものを買っていく。納得しているので、満足感もある。

話は変わるが、旅行に行くと土産物を買う人は多いだろう。500〜3000円程度。自身のためや友人・知人のために、“それなり”のものを選ぶ。菓子や海産物が多い。

この土産物の価格を見て、「こんな高いものは買いたくない」と考えたことのある人はいるだろうか。「渡す相手による」という問題ではなく、商品と価格のバランスのことである。

“土産物とはそういうもの”という認識で買っているのではないか。“相場”を疑ったことはないだろう。予算に合わせて、その範囲のものを買うことに、納得しているのではないか。

また話は変わるが、中元・歳暮を贈る人は、いまだ多い。世話になった人に“心を込めて”というのは建前で、見栄えの良いものを贈りたいもの。

高級そうな名前やパッケージで、高級そうな包装。価格も高級。数千〜数万円。貰った人は、高級を感じ、高級な美味しさを楽しむ。

さて、食料品が売られている3つのシチュエーションを書いたが、ここからが本題である。3つのシチュエーションで見られる、「菓子」を想像してみて欲しい。

中にカスタードクリームや生クリームの入った、ふわふわなスポンジケーキがあるとする。

1つめは、中の見える簡易な包装で、スーパーに並んでいる。

2つめは、紙で個包装し、箱に整然と並び、土産物屋に並んでいる。

3つめは、1つ1つ和紙で包装され、1つずつ箱に入り、それが桐の箱に詰められ、組み紐まで掛かっている。百貨店のギフトコーナーに、見本が置かれている。

それぞれ、300円、1000円、5000円で売られている。この3つ、中身がまったく同じものだとしても、誰が気づくだろうか。

売られている場所が違い、売り方も違っていれば、誰も疑問を持たずに買っていくだろう。売る場所に合った“相場”なので、納得もしている。

5000円のものを受け取った人も、“それなり”の佇まいのものなので、“それなり”に美味しいと感じる。人の味覚はかなりアバウト。雰囲気も味のうちなのである。

ここから考えられるのは、ものを売るなら、高くても売れる“売り方”をした方が得だということ。薄利多売は、メーカーや量販店に任せておけば良い。中小企業・個人商店は、“価値”を感じる“売り方”をすべきである。

posted by 佐藤きよあき at 14:41| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする