2019年02月27日

能力給・出来高制で、残業は自由選択へ。

なぜ、「ノー残業デー」はあるのか? 残業が常態化しているので、働き過ぎを防いだり、仕事の効率を高めるためである。とは言うものの、強制力はなく、多くの会社で形骸化している。その原因はどこにあるのか。

決算期・繁忙期の残業は仕方のないことだとしても、日常的に残業をしなければならないのはなぜか。

理由はさまざま。
・仕事量が膨大で、定時内では処理できない。
・上司が残っていると、自分だけ帰ることはできない。
・残業が当たり前になっていて、定時帰宅の雰囲気ではない。
・基本給が安いので、残業で稼がないと生活できない。
・仕事が遅いので、仕方なく。

人それぞれに違った理由があるにも関わらず、みんなが同じように残業をしている。実に不思議である。

そもそも「ノー残業デー」を作ること自体が間違っている。9時〜5時という、決まった就労時間があるのなら、できる限り守るべきである。

仕事量が多過ぎるなら、それは会社運営のシステムに不備がある。自分だけが帰ることができない雰囲気は、職場環境の不備。基本給が少ないのも会社の問題。仕事が遅いのは、本人の問題だが。

これらはすべて、根本的な改善策を講じるべきものであって、「ノー残業デー」で誤摩化すものではない。

残業せずに会社と従業員が儲かるようにすることが理想ではあるが、それは現実的ではない。競争の激しい社会では、残業をしてでも、より多くの収益を上げなければならない。ならば、残業に正当な理由があれば良いのではないか。従業員が納得して、居残りを選択するような理由が。

それは、『能力給・出来高制』ではないか。

働いた質と量に合わせて、給料を支払う。レベルの高い仕事をした者は、高給優遇。質が眼に見えにくい職種の場合は、仕事量で判断する。やったことに対する正当な報酬が貰えるなら、不平等感もなく、残業も苦にはならないだろう。

もし、自分は仕事が遅いと思うのなら、残業をしてカバーすれば良い。能力給・出来高で給料が決まるのなら、「残業で稼いでいる」と言われる心配もない。

みんなが仕事内容に対する正当な報酬を貰えるようにすれば、やる気も出て、仕事の効率も高まるのではないか。みんなの能力が上がれば、会社の業績も上がり、残業も少なくなる。「ノー残業デー」など、必要無い。

posted by 佐藤きよあき at 09:36| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月24日

知ることの楽しさ、知らないことの幸せ。

私たちの生活環境には、情報が溢れている。新聞・テレビは誰もが眼にし、世界中のことが瞬時にわかる。それでも物足りないのか、ネットには、さらに突っ込んだ内容、幅広い情報が流されている。

人びとは知りたがる。知ることを楽しんでいる。

大っぴらには出てこない情報も、ネットなら流すことができる。そこには、みんなの知りたい情報があり、いつでもアクセスできる。朝から晩までと言わず、朝から朝までネットを覗いている人もいる。

かと思えば、このネット時代に取り残されている人たちも存在する。高齢者やデジタル機器の苦手な人である。

何やら世間が騒いでいるのに、知ることができない。知りたいのに、情報が入手できない。「情報難民」といったところか。

確かに、知らないことを知るのは刺激的であり、楽しいことである。知的欲求を満たしてくれる。ネットに繋がっていれば、飽きることなく、次から次へと興味をそそられる情報が流れてくる。

だが、それを知って、何の役に立つのか。脳のシワを無駄遣いしているのではないか。もっと他のことに脳を使えば、スキルアップが図れるのではないか。そんな疑問が頭をよぎる。自戒の意味も込めて書いているのだが、時間の無駄ではないか。

何でもかんでも情報を集めることに、何の意味があるのだろうか。面白い情報、笑える情報ならまだ良いが、気分を害したり、腹が立ってくるような情報もある。

知らなくても良い、知りたくもない情報と接して、落ち込むこともあるだろう。知ることが辛くなってくるかもしれない。知ることは楽しいが、知らない方が幸せだということもあるのである。

いま世の中には、単なる情報に一喜一憂する場面がたくさんある。

たとえば、ブログやツイッターの炎上。気楽に書いたひと言で、批判されたり、罵声を浴びせられたりする。書いた人は、ひどく落ち込んだり、腹を立てたり。読んだ人も怒っていたりする。

これなどは、知らなければ存在しないできごとである。知ってしまったがために、気分を悪くする。知らなければ、健やかでいられたのに。

また、犯罪の連鎖、自殺の連鎖も情報によってもたらされる場合が多い。テレビやネットで知った犯罪の手口をマネするやつがいて、全国で同時期に、同じような犯罪が起こっている。小・中・高校生の自殺も同じ。情報に刺激されてしまうのである。

情報は、何でもかんでも流せば良いというものではない。人に大きく影響するような情報は、流すべきではない。

情報の利用者も、本当に興味のあることだけにアクセスすれば良い。仕事や趣味だけに利用していれば、腹が立つこともイライラもなくなる。

「情報難民」は、ある意味幸せである。ネットには、知らなくて良い情報が溢れている。

posted by 佐藤きよあき at 09:59| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月20日

身勝手な人間VS優しさを忘れた人間。

国土交通省では、電車などの公共交通機関におけるベビーカーの利用について、統一ルールをまとめる方針だという。ベビーカーの利用者に対するバッシングが起こっているからである。

「最近のベビーカーってやけに大きい。大人一人分以上の場所を取られます」「超ラッシュなのに平然と乗ってくる人。かなり不愉快……」「出入り口に付けられると、結構邪魔なんだよね。抱っこじゃダメなのかな」……。

冷たい言葉だが、言っていることはもっともなことであり、ベビーカー利用者は考えを改めなければならない。

だが、文句を言う側にも、もう少し優しさがあっても良いのではないか。小さな子どもを連れた親の大変さを想像してみて欲しい。1人なら何とかなっても、2人、3人となると、悲痛な顔つきになってしまう。そんな時に、文句を言われるのは辛い。

私にも子どもがいるので、電車移動の大変さは知っている。子どもが小さいと何かと荷物も多くなる。ベビーカーと荷物と子どもでは、相当厄介である。

私の場合は、電車が空いていればベビーカーに乗せたままにし、混雑してきたら、ベビーカーを折り畳み、だっこしていた。かなりしんどいことだが、混雑時に乗った自分の責任だと思っている。それに、こう言うと大袈裟かもしれないが、ポリシーのようなものがあった。

小さな子どもは電車賃を払っていない。無料で乗せてもらう限りは、できるだけスペースを取ってはいけないと思っている。少し大きくなり、電車賃が半額になった時も、半分しか払っていないので、混雑時には子どもを席に座らせなかった。立たせるか、座っている自分の膝の上に乗せていた。1人前の金額を払ってこその権利である。

私の場合は子どもが1人なので、だっこしたり、手をつないで立たせていることもできたが、2人、3人となると、それもできないだろう。

そんな時こそ、まわりの人の優しさが大切なのではないか。だっこできない、他の子どもたちを座らせてあげたり、手をつないであげたりすることはできないものか。「子どもを見てあげるから、ベビーカーを折り畳みなさい」とは言えないものか。

舌打ちしていても、気分は良くならない。ほんの少し優しくしてあげれば、良いことである。お互いが相手を気遣い、相手の身になって考えれば、とるべき行動はわかるものだ。

……と、言いたいところだが、もうそんな時代ではない。どれだけ声高に叫んでも、身勝手な人間は多く、自分の行動を正そうとする人は少ない。ならば、ルールを設けるしかない。情けない、淋しい時代だが、他に方法はない。悲しいかな、そんな国になってしまった。

ルールを作り、利用者はそれを守らなければならない。だからといって、「ルールだから、絶対に守れ!」と責めるのはやめて欲しい。臨機応変、小さな子ども連れの大変さを想像して、多少のルール破りは大目に見る優しさを持ちたいものである。

posted by 佐藤きよあき at 11:20| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

何のためのソーシャルメディアなのか?

以前、東京ディズニーリゾートが、パーク内で撮影した写真や動画をツイッターなどのソーシャルメディアに投稿することを禁止した。言葉足らずで、何がいけないのかがよくわからなかったが、どうやら、他の客が写っていることで、「勝手に掲載された」と苦情が来ていたようだ。

だが、禁止に対しても苦情が寄せられたので、「他のお客様等のご迷惑となる撮影および公衆送信」を禁止する、と表現を改めて、とりあえず一件落着となった。

この肖像権だか、個人情報だかわからない問題は、かなり難しい。昔なら、撮った写真や動画は個人で楽しむだけだったが、いまはソーシャルメディアで発表でき、世界中の人たちが見てしまう。すると、こうした問題は度々起こるだろう。

たくさんの人たちが楽しんでいるディズニーリゾートで、他の人が写らないように撮影することは、至難の業である。ならば、ソーシャルメディアへの投稿を禁止すれば良い、ということになる。

だが人びとは、荒れた社会の中で、「俺はここにいるぞ!」「私はちゃんと生きているわ」と、自己主張できるソーシャルメディアを見つけ、それを拠り所として生きている。「ディズニーに行って、こんなに楽しかったよ」ということを、誰かに聞いて欲しいのである。そんな人たちに、「投稿をやめよう」と言うのは、酷なことかもしれない。

投稿する人は、“マナー”として、他の人が写っていないものを使うようにする。あるいは、画像処理で個人が特定できないようにする。それ以外に方法はない。

以前、「グーグル・ストリートビュー」で、プライバシーや肖像権の問題が起きたが、メディアが発達するほど、こうした問題は多くなるだろう。メディアを便利なものとして活用している人は、その恩恵にあずかっている以上、文句は言えないのかもしれない。だが、利用していない人の基本的権利は、守られなければいけない。

何か解決策はないものか。やはりここは、「他のお客様等のご迷惑となる撮影および公衆送信を禁止する」という曖昧な言葉で収めるしかないのか。

どうも納得がいかない。突き詰めて考えると、中身のない、目的もわからない、ソーシャルメディアの利用が多過ぎるのではないか、という思いが。「自己主張のため」と先に書いたが、そこで主張しても意味をなさない。他で主張した方が良い。

どこで何を主張すれば良いのかがわからない人たちの擬似的“やってる感”ではないのか。ソーシャルメディアで情報を発信している、と。

私の結論としては、目的のハッキリしないソーシャルメディアの利用は、やめた方が良い。何か目的を持ってやる方が、自身のためにも有意義だと思う。「何をエラそうに。そんなの個人の勝手でしょ!」と、言われることはわかっているが……。

posted by 佐藤きよあき at 09:26| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月13日

“安心”は、いくらで買えば良いのか?

雑誌に一般家庭の家計簿が載っていたりする。ファイナンシャルプランナーによる、家計簿診断である。非常に興味深く見ているのだが、いつも驚きの数字を眼にする。「保険料4万円」。病気に備えるための医療保険料が、この金額。貯蓄型や保障内容にもよるが、家計を圧迫するほどの金額をよく払っているなぁ、と感心する。

「もしもの時」に備えたい気持ちはわかるが、こんな金額を毎月払っている方が、心臓に悪いような気がする。病気になれば、お金は掛かる。だが、そんなに大きな保障が本当に必要なのか。

たとえば、一般的な病気で入院したとしても、現在は一定以上高額な医療費は、免除される制度がある。「高額療養費制度」と言って、収入によって支払額の上限が設定されている。当然、低所得者は安くなっている。

この制度を利用すれば、病気治療のために借金する必要もない。1ヵ月数万円が支払い限度となっているので、民間の保険に入っていなくても、なんとかなる程度のものである。そう考えると、安易に保険に加入するのはやめた方がよいと思う。

だが人は、「もしもの時には……」と常に考えてしまう。不安を抱え込む生き物である。“なんとかなる”と言われても、安心はできない。ならば、保険に入るしかない。入ることで安心できるのなら、多少の出費も苦にならないだろう。その場合には最低限の保障で良い。2万円、3万円もの保険には、余分なものが多く含まれているので、数千円〜1万円程度のもので充分。「もしも」に備えることはできる。

たとえば「全労済」「農協共済」「都道府県民共済」という、協同組合が運営するものもある。これなら、民間保険会社で数千円〜1万円の保険と同じ程度の保障がついて、千円〜三千円ほどで済んでしまう。これで充分ではないか。

ただし、ガンや難病など、健康保険のきかない治療をする場合には、高額療養費制度は適用されないし、共済では間に合わないことがある。その備えとしては、ガン保険や先進医療特約に入っている方が良いかもしれない。

普通の病気には共済で。ガンや難病にはガン保険・先進医療特約で。この2つを組み合わせれば、ひとまず“安心”を手に入れることができるのではないか。別に私は「共済」のまわし者というわけではない。ただ、いままでの経験から出た結論を参考までに提案してみた。

保険会社のセールストークは、聞けば聞くほど納得してしまう。自分に必要な保険はどれなのかを冷静に考えることが大切である。決して、保険貧乏にならないように。保険に入らなくても、なんとかなる。だが、ビクビクして生きるのも疲れる。それが保険会社の存在意義であり、安心料だと思えば良い。だが、家計を圧迫するほどの金額を払う必要など、まったくない。それがストレスになってしまっては、本末転倒である。

posted by 佐藤きよあき at 09:48| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする