2021年01月12日

なぜ、人びとはゲーセン『ミカド』に集まって来るのか?

東京・高田馬場にある、伝説のゲームセンター『ミカド』をご存知だろうか? 1980〜90年代に流行ったビデオゲームを中心に並べている、雰囲気もレトロ感満載の店である。

家庭用ゲーム機、ネットゲーム、スマホゲームの台頭により、減少し続けるビデオゲームの店でありながら、いまだ客の絶えることがないのはなぜだろう。

平日は500人、休日は1000人を超えるという、2階建ての店舗には、30年以上前の古いゲーム機が所狭しと並べられ、現役で稼働している。昔、ゲームに夢中になっていた人たちなら、懐かしさで涙もののゲームばかりである。

「雷電」「グラディウス」「コラムス」「ストリートファイターⅡ」「バーチャファイター」「サムライスピリッツ」「ヴァンパイア」「アウトラン」「R–TYPE」「ワンダーボーイモンスター」「熱血硬派くにおくん」「ダブルドラゴン」など。

この店が注目されたキッカケは、常連のプレーヤーが国際的なeスポーツ大会で優勝したことにある。“修行”している店として、海外にも知られるようになった。

また、この店では、ゲームの大会や実演などをネットで配信している。店内にネット配信ブースがあり、店長・店員あるいは、イベント運営者が実況中継しているのである。

これを観た外国人ゲーマーが店を訪れるようになり、大会にも参戦するようになった。このことがさらに話題となり、テレビでも紹介されるようになったのである。

客層としては30代以上が多く、会社帰りにひとりで立ち寄る人が多い。懐かしいゲームを1〜2時間、静かに楽しんで帰る人もいれば、店で知り合った人と対戦する人もいる。

ゲームの音はすれど、若者が騒いでいた昔のゲーセンとは少し違っている。ここに集まる人は、ゲームファンでありながら、いまどきのゲームには熱中できない。ストーリーにしても、操作性にしても、複雑過ぎて純粋に楽しめないのである。

人は、“最先端”ばかりを求めているのではない。刺激的な“最先端”は、時に楽しく、面白い。だが、次から次に出現するものに、人は疲れてしまうことがある。そんな時、ホッと落ち着ける“何か”を探したくなるものである。

心の隙間をゲームで埋めてきた人にとって、いまどきのゲームは癒しとはならない。80〜90年代の単純なゲームが、心地よいのである。それが、ゲームセンター『ミカド』である。

古きを捨て去るばかりでは、人びとは安らぐことができない。

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2021年01月05日

『キャバ嬢専用手帳』に学ぶ、究極の商品企画。

キャバクラから出てきた男性の顔は明るい。楽しい時間を過ごしたであろうことは、想像に難くない。

不況で多少の影響はあるだろうが、キャバクラが、ITと並ぶ好況ビジネスであることは間違いない。いま、若い女性が手っ取り早く稼ぐには、最適な仕事なのかもしれない。

だが、キャバ嬢の戦いは熾烈である。風俗のようなダークな部分がないため、参入者も多い。東京だけで数万人。全国では10万人を超えると言われる。

そんな厳しい世界で、大金を稼ぐことは容易ではない。客の指名を勝ち取り、目標を達成し、ナンバーワンとなるためには、相応のテクニックが必要である。

「可愛い」「セクシー」だけでは、一流のキャバ嬢にはなれない。男性の志向・行動・心理を理解した上で、自分の価値を売り込み、客を満足させなければならない。そのためには、客の一人ひとりを知り尽くす必要がある。

そんなキャバ嬢の“顧客管理”をサポートする会社がある。客のデータをこと細かく収集するための手帳を販売している。

『稼ぐキャバ嬢ホステス手帳』。

スケジュールや売り上げ、指名本数などの基本項目に加え、客との会話内容や支払い方法、領収書の有無、交際程度、希望の卓番、たばこの銘柄、よく飲む酒、気の合うヘルプ&ボーイなどが、書き込めるようになっている。キャバ嬢は、客の席に行く前にこの手帳を見て、気配りを働かせるのである。

ナンバーワンクラスになると、客のデータは頭に入っているだろうが、そんなキャバ嬢はひと握り。ほとんどのキャバ嬢は、まったくの素人からの“勉強中”なので、こうした手帳が役立つのである。

客を質問攻めにするキャバ嬢より、自分のことをわかってくれているキャバ嬢に、男性は惹かれる。相手は仕事でやっていることがわかっていても、「もしかして俺に…?」と、男性は思いたいのである。そして、口説こうとする。それが、キャバクラの“遊び方”である。

「今日がダメなら、また今度」と、常連になっていく。実に緻密な計算をされたビジネスモデルである。さりとて、男性は騙されているとは考えない。笑顔で店を後にする。

客は満足し、店は儲かる。このビジネスモデルを他のビジネスにも応用すれば、日本経済も活性化し、社会も明るくなるのではないか。

そこに目をつけた、手帳の販売会社が素晴らしい。業界を絞り込み、そこで働く女性だけに焦点を当てたのである。究極の“特化”だと言えるだろう。

業界を知り尽くした会社だからこそ生まれた、究極の商品ではないか。

posted by 佐藤きよあき at 14:41| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月29日

「ポテトサラダ」が美味しい居酒屋は、必ず繁盛する。

「ポテトサラダ」。

洋食では、ビフカツ、エビフライ、ポークジンジャーという主役を力強く支える千切りキャベツの横で、静かに出番を待っている“準脇役”的な存在である。

いてくれれば嬉しいが、いなくても、舞台にはさほど影響は出ない。

和食ではあまり姿を見せないが、セルフのご飯屋では、一番安い小鉢として、手に取ってもらえるのを待っている。

だが、「しらすおろし」や「わかめ酢」のような定番小鉢には勝てないでいる。

スーパーの惣菜売り場では、そこそこの人気があり、多くの仲間たちと整列しているが、各家庭の食卓に並ぶ時は、「何か一品足りない」という場合の臨時雇いである。

どの場面においても、あまり光を浴びることのない、淋しい存在。それが「ポテトサラダ」である。

だが、一カ所だけ、小さなスポットライトを当てている場所がある。

おじさんの聖地・居酒屋である。

「アヒージョ」が食べられるような洋風居酒屋でもなく、ワイングラスで乾杯するようなお洒落居酒屋でもない。

常連さんばかりが集まるような、街の片隅にある、カウンターが黒光りしている居酒屋である。

多店舗化せず、たった一軒を長く守り続けている店。老舗の風格などないが、客が世代をまたいで通っている。

そんな店に、スポットライトを浴びる「ポテトサラダ」がある。

もちろん、「おしながき」のトップにはこない。さりとて、単なる品揃えとして端っこに書かれているわけでもない。

属するジャンルがハッキリしないせいか、「おしながき」の後半、前の方にポツリと目立っていたりする。

この場所が、居酒屋における、「ポテトサラダ」のポジションなのである。

「メインとしてお奨めするわけではありませんが、ちょっと眼を留めていただければ、決して期待を裏切りませんよ」という主張なのである。客の眼にも留まりやすい位置である。

店としても、自信を持っているメニューなのである。

また、こういう居酒屋には、「ポテトサラダ」ファンが多い。いや、マニアと言っても良いだろう。

居酒屋の「ポテトサラダ」を食べ歩く人もいる。「ポテサラ酒場」という本が出版されていたり、「ポテトサラダ学会」という集まりもある。

それほど、居酒屋の「ポテトサラダ」は、静かに注目されているのである。

なぜ、居酒屋の「ポテトサラダ」なのか。

それはずばり、美味しいから。

居酒屋の「ポテトサラダ」は、店によって個性がまったく違う。

具材も違えば、調味料も違う。店それぞれに工夫があって、食べ歩きする人の気持ちはよくわかる。

惣菜として売られている「ポテトサラダ」は、世間からはやや軽く見られているが、実は非常に難しい料理である。

しっとりとしていて、ほくほく。具材の存在感を引き立てながらも、じゃがいもの旨さも消してはならぬ。

マヨネーズをケチるとボソボソになるが、多すぎると酸味がキツくなる。

さじ加減が難しく、料理の腕が試されるような存在である。だから、居酒屋ではさまざまな工夫で、美味しく作っている。

つまり、美味しい「ポテトサラダ」を作る居酒屋は、料理の腕も良いということになる。

「ポテトサラダ」でその店のレベルがわかる、と言っても良いだろう。腕が確かなら、他の料理も美味しいことは容易にわかる。

居酒屋は、どれだけ珍しい酒を揃えていても、それだけでは繁盛しない。やはり、美味しいものがあってこそ、「酒と肴」を楽しむ店となれるのである。

「ポテトサラダ」は、そんな店を見つけ出すための指標となる料理である。

posted by 佐藤きよあき at 14:21| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月22日

「まずい!」は売れる! なぜ?

世の中には、不思議・不可解なマーケットが存在する。

「世界一まずい飴」「世界一まずいグミ」「日本一まずいラーメン屋」「日本一まずいパン」。これらは、まずいことで注目されたにも関わらず、ブームとなって売れたのである。

「まずいというのは戦略で、本当は美味しいのでは?」という推測は的外れで、実際にまずい。

では、なぜ、まずいものが売れたのか。

「恐いもの見たさ」という心理があるように、「まずい!」という評判は、興味をそそられる。「本当にまずい」と聞くと、“どれほどのものなのか?”が気になって仕方がない。好奇心旺盛な人ほど、味を試したくなる。

ある意味、飽食の時代ゆえの“遊び”のようなものなのではないか。美味しいものはいくらでもあるが、世の中にまずいものは少ない。希少価値さえ感じてしまう。

金を出して、わざわざまずいものを食べるのは、“スリル”を味わっているとも言える。

この「まずい!」というマーケットは、偶然に生まれたものではない。起源はわからないが、自然発生的にさまざまなメーカーから、「まずいもの」が発売されている。

海外では飴やグミがあるが、日本でも「たこ焼きようかん」「たこ焼き風ラムネ」「キムチ風ラムネ」などが発売されている。

ネットでは、「日本一まずい!」と“賞賛”され、「被害者の会」が設立されたほどである。中には、ロングセラーとなっている商品もある。

ここまで注目され、売れ続けてしまうのは、確信犯の仕業だと言っても良いだろう。巧みなマーケティング戦略である。

また、そうした商品をわざと仕入れ、テクニックで売り切る店もある。「ヴィレッジヴァンガード」である。まずい商品を陳列し、POPをつけて売る。

「罰ゲームにどうぞ」「こんなもの、買っちゃダメ!!」

もう、買わずにはいられない。

「まずい!」は単なる“ゲテモノ”ではない。人の興味を掻き立て、しばし“楽しい時間”を過ごさせてくれる。やり過ぎると飽きられるが、たまの“スリル”は面白いものである。

posted by 佐藤きよあき at 14:28| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月15日

回転寿司の「かっぱ巻き」は、なぜ2周まわらないのか?

少し前から気になり始めたことがある。にぎり寿司の「かっぱ巻き」という存在。

誰が食べるのか? 店で食べるほどのものか? そんなもので腹を満たしても良いのか? 他にもっと旨い寿司があるだろう!

あくまで私の個人的な感想なのだが、どうでも良い存在として扱ってきた。嫌いではないが、同じ金を払うのなら別のものを食べたい。

ある時、回転寿司のまわるレーンを見ていて、ふと気づいた。「かっぱ巻き」が3皿4皿、行列で流れていた。そんなに流して誰が食べるのか、とバカにしていた。

ところが、レーンが2周目にやって来た時には、「かっぱ巻き」が消えていた。つまり、「かっぱ巻き」を食べる人がいる、ということである。

メニューとしてあるのだから当然のことなのだが、私には不思議であった。同じ金額を払うのなら、他にもっと旨いネタがあるだろう、と。なぜ、きゅうりを巻いただけのものを好んで食べるのか。

もうひとつ、不思議に思う光景を目にしていた。注文品として、「かっぱ巻き」が4皿流れていたこと。驚きである。注文してまで食べたいのか。そんなに好きなのか。

どんな人が皿を取るのかを見ていると、子ども連れの4人家族だった。家族全員が「かっぱ巻き」を好きだということである。

「かっぱ一族か!」と、くだらないツッコミを入れてしまうほど、衝撃的な出来事である。私の偏見は改めなければならない。世の中には、「かっぱ巻き」を好きな人がいるのだと。

そこで、「かっぱ巻き」を食べる人の意見をネットで拾い集めてみた。

・脂の多いネタを食べた後、口をさっぱりさせるために食べる。

・歯ごたえのさっぱり感がいい。シンプルだからこそ旨い。

・青臭い爽やかな香りが、鼻からスーッと抜ける。

・わさびがツーンと鼻に抜けていく感覚が心地よい。

・一番シンプルで、シャリの味がわかる。

・わさびのツン、きゅうりのシャキ、酢飯のさっぱり感がいい。

・飽きずにいくらでも食べられる。

以上のような理由を見つけることができた。

大多数の人は、私と同じように「どうでも良い食べ物」として捉えているが、好きな人は少なからず存在する。その理由を知ると、共感できる部分もある。

これほどシンプルな食べ物を好んで食べる人は、小粋でお洒落だとも思うようになった。

これで、私の疑問は解決した。回転寿司の「かっぱ巻き」が1周目で無くなるのは、「かっぱ巻き」の奥深さを知る、“寿司上級者”が食べているからである。

回転寿司で“上級者”と言うのもためらうが、少なくとも私のような俗物ではないだろう。

最後に余談だが、「スシロー」と「くら寿司」では「かっぱ巻き」と言わず、「きゅうり巻き」と呼んでいる。理由は、ライバルの存在。

posted by 佐藤きよあき at 16:23| Comment(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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